東北の遊説から、純一郎はとんぼ返りで東京に戻った。9:59官邸着。
その足で公邸に向かう。
(今日も疲れた…)無意識に手が首を揉む。
(早く、ゆっくり休みたいな)純一郎の心のうちが伝わったのか、SPの
間にもけだるい雰囲気が流れていた。
と、その場の空気にまったくそぐわない明るい叫びが響き渡った。
「総理、総理、総理ー!!」
覚えのあり過ぎる声に、純一郎はぎょっとして振り向いた。
「辻元…」
何故か、社民党の辻元清美がこちらに向かって突進してきていた。
あまりにも場違いな登場。しかも着ている服は、周囲の闇から浮きま
くった目の覚めるようなコーラルピンクのスーツだ。名を連呼された
純一郎はもちろん、飯島もSPも一瞬棒立ちになり反応が遅れた。
(しめた、チャンスや〜)
その様子にほくそえみ、辻元はそのまま目指す純一郎の腕へと突っ走
る。
が。
死角から現われた影が、辻元の前をふさいだ。急なことに回避できず、
辻元はその影にまともに突っ込んだ。
鈍い衝撃。


「きゃあっ」
「あいたた〜。なんやの、もう!!」
尻餅を着いた辻元は、ぶつかった相手にわめいた。しかし振り仰いだ先、
自分と同じように地面に倒れこんだ相手を認めた辻元は、驚きになじる
ことも忘れた。
最近見慣れたパンツ姿。その白い裾を汚し倒れているのは、ティカゲだ
った。杖が手から離れ、地面に転がっている。
「けほ」
あんまりな事の成り行きに固まっていた純一郎は、そのかすかな咳に我
に返った。目の前にはあろうことか、女性が二人も倒れ伏しているのだ。
ここは行動せねばなるまい。
しかし。同じように我に返った飯島は、はらはらと我らがとのを見つめ
ていた。
(とのってば〜。二人のうち、どっちを先に助けるんですか〜?これはあ
る意味難しい問題ですよ!)

だが純一郎は迷わなかった。
イキの良さが売りの健康な女性と、杖を飛ばしてしまった自分より十も
年上の大臣。しかもティカゲは咳き込んでいる。助ける相手は決まって
いた。
純一郎は倒れこんでいるティカゲに歩みより、ひざまずくと右手を差し
伸べた。
「大丈夫か?」
「…ありがとう」かさついた声を恥じるようにうつむき、ティカゲは純一
郎の手を借りて立ち上がった。SPの差し出した杖を受け取りそれに体重
を預けると、ようやく人心地がついたようにほっと吐息をつく。
しかし、その裏には巧妙な計算が働いていた。ティカゲが現われたのは、
そして辻元とぶつかったのは、偶然ではない。絶えず辻元の行動に目を
光らせ、マキコとの約束を果たす為、遊説先から大急ぎで戻ってきたの
だ。派手に転んだのも、実は見た目ほどダメージはない。十代から芝居
の修行を積んだ身は転び方も心得ていた。声のかすれさえも効果に使う。
それでも、純一郎を前にするとどうにも演技にぶれが生れる。
ティカゲは注意深く純一郎と目を合わせた。少しやつれた、だが充分魅
力的な笑顔が目の前にあった。

「大臣。今日は、どこへ?」
「所沢のほうに」
「それはご苦労だったなあ。雨には降られなかったのかな?」
「ええ、運が良かったのね。それより、総理のほうがお疲れでしょう。暑い
ところから寒いところと、列島を駆け回ってますもの」
地べたに座り込んだままの辻元の存在は、完全に忘れ去られていた。
「と、とのったら…」まずいですよ〜!
呟きながら、飯島は仕方なく辻元に駆け寄った。
しかし純一郎は飯島の密かな焦りになど全く関心を払わずティカゲを見つめ、
静かに尋ねた。
「ところで、今夜はどうしてここに?」
ティカゲは前もって用意してきた答えを表情たっぷりに語った。
「明日のTV、TBSの党首討論がどうにも不安だったのよ。それで総理に今一度
政策の確認を取りたかったんだわ。あそこでボロが出たらおしまいですもの
ね。でも、そうしたらこんなことに」肩をすくめ、駄目押しとばかりに自嘲
の笑みを加える。「…年には、勝てないわね」
純一郎の笑みが深くなった。
「大臣は冗談がうまいな。俺になど相談しなくても全く心配ないだろう。…
それに。年だなんて、俺よりよほど若いじゃないか?」
目が三日月のように細められ、柔和さが増す。だが反比例するように純一郎
から発される空気は鋭くなった。
「でも確か、夜更かしは肌に良くないんだよな。今夜はもうやすんだほうが
いいだろう、明日のためにも。俺が送って行こう」
有無を言わせぬ物言い。

見抜かれている…。
あわよくばこの機にマキコを出し抜こうと考えていたティカゲは、身を竦
ませた。
仕方がない。ここは引き下がったほうが得策だ。
「ありがとう。お言葉に甘えてお願いするわ」
せめても、とティカゲは背後の辻元に見せつけるように純一郎の差し出し
た腕に思い切り半身を預けた。きりきりと辻元が歯を噛み締める音が聞こ
えた。若い頃から慣れ親しんだ、突き刺さる嫉妬の視線が気持ち良い。テ
ィカゲは自然に笑みを頬にのぼらせた。

呆然と、辻元は二人寄り添い立ち去っていく後姿を眺めていた。その背中
をもSPが重なり隠してしまう。
「なんやの、あれは」
紳士的に助け起こそうとしていた飯島の腕を振り払い、立ち上がる。
「あんなおばはんの相手して、うちのことは見向きもせえへん。そんな総理
なんて、総理なんて…」
辻元の叫びを聞くのは、逃げ遅れた飯島と官邸の植え込みだけだ。それでも
辻元は叫んだ。なぜなら、それが辻元だから。
「総理の阿保ー、いけずー!!」

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この日遅くに起きたこの騒ぎは、当然のように側近達のもみ消しにあう。
首相動静は
午後9時43分、JR東京駅着。同47分、同所発。同59分、官邸着。
同10時、官邸から公邸へ。
と発表された…。

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