マキコは、目白の自邸で夏の休暇を過ごしていた。
居間のソファーに足を組んで座り、リモコンを片手にTV画面に見入る。
広い壁の一面を占めるフラット型のTVに映るのは、モーニング姿の純一郎だった。
その姿に視線をあてたマキコの口から、やるせないため息が漏れる。
カメラが切り替わり、多くの喪服の人々の姿が映し出された。終戦記念日の慰霊祭の映像だ。
静かな追悼の式典。静かなる終息。
そして画面は砂嵐となり、それに反応したマキコの指がリモコンの停止・取り出しボタンをすばやく押した。
キュルキュルキュル、カシャ。
ビデオテープが規則的な音を立て、デッキから吐き出される。
マキコは、寛いだ姿勢をくずさぬまま言った。
「パパ、次のビデオ」
傍らでビデオの山にラベルを貼っていたプリンスが、慌てて二つに分けた山の一方から一本のテープを取りデッキに差し込む。
ピッ。
マキコが無駄のない動きでリモコンを操作すると、再び、今度は純一郎の靖国参拝ニュースが流れ出す。
身を乗り出してマキコは画面に見入った。13日の参拝の様子、総裁選からの純一郎の靖国参拝についてのインタビュー映像…。
と、画面が15日の閣僚その他の議員、石原都知事の参拝映像を伝えるニュースになった。
途端、マキコはつまらなそうにソファーに体を深く預け、プリンスを振り返る。
「ねえ、あと何本あるの?」
「えぇっと…これまで見たのがNHKのニュース、日本TV、TBS、フジTV、朝日のニュースステーションだから…
後はニュース23以外はワイド・ショー系……。サンデープロジェクトはまだか。その他の民放の特報番組もかなり残ってるかな」
マキコはうんざりしたように肩をすくめた。
「そう。ま、仕方ないわ。気分転換に軽めのワイド・ショーをお願い」
「じゃ、次はこれにするよ」
プリンスが掲げたテープには手書きで「ザ・ワイド2001.7月分」の文字があった。
田中家では、これまで多忙で見ることのかなわなかったここ2ヶ月ほどの政界関連のニュース、
ワイド・ショー、その他、内閣や議員の出演した番組を全てビデオに録ってあった。
マキコはそれを、この休みの間に見てしまうつもりだったのだ。

太陽は既に傾き、あれほど強かった陽射しもやわらいでいた。
石原大臣と竹中大臣出演サンデープロジェクトのエンディングを眺めながら、マキコはあくびをひとつ飲み込むと、何度目かになる問いをプリンスにしていた。
「あと、残っているのは?」
と、それまですぐにテープを手渡していたプリンスは、大きな体を縮めて、言いにくそうに小さく呟いた。
「あれだよ。いっぱい残ってるのは…この間の外務省の騒ぎと応援演説騒ぎの頃のニュース」
「!いやよ、そんなの。見たくないわ!」
8月頭の一連のマキコを巡る騒動。
一瞬で眠気の吹き飛んだマキコは強い調子で叫んだ。
「見たくないって…何もかもきちんと見るために録ったんだろう?お手伝いさんだって、全部チェックするの結構大変だったんだから…」
だがぼそぼそと低い声でつむがれるプリンスの言葉に、マキコはいつもの癖で聞き入っていた。
パパにはかなわない。
吐息をつくと、マキコは少々甘えた声とともにプリンスを下から見上げた。
「わかったわ。でも、今はイヤ。疲れてるんだもの、そういうのは明日ちゃんと見る。だからパパと一緒に楽しそうなの見ましょ。それで今日は最後にする」
「そ、そうか?じゃあ、これを…」
マキコのかわいい言葉にすっかり舞い上がったプリンスは、忙しなくデッキのボタンを操作して、
テープを入れ替えた。
夏休みシリーズ、と題されたそれは熊のような大きな手でデッキに押し込まれる。
そうしていそいそとマキコの隣りに腰をおろしたプリンスは、だがこの後に吹き荒れる嵐を知るよしもなかった。


砂嵐に筋の入った画面がぶれ、映像が浮かび上がる。
オープニングショットにこれから登場するであろう議員達の姿。そこに純一郎に車椅子を押されて笑みを浮かべるちかげが映った途端、
マキコの眉がぴくりと吊り上がった。一瞬にして妻の感情がマイナスに傾いたのを察して、プリンスが気遣わしげに妻の顔をうかがう。
だが幸い、被さるナレーションの声がちかげはハワイで静養中…と告げたことで緊張した空気は平穏を取り戻した。
CMを挟んで、箱根滞在中の総理の様子が流れる。
直前の不機嫌はどこへやら、純一郎の姿を追って一心に画面を見つめていたマキコは、総理が夏休みに読むと挙げた本の名前が紹介されると即座にプリンスに言った。
「ねえ、あれ、読みたいわ」
「えっ!?」
プリンスの意外そうな声に、マキコは口を尖らせた。
「なに、駄目なの?面白そうじゃない」
「いや…そんなことはないけれど…」
もごもごと口を濁したのにはマキコに言えない訳があった。
純一郎が挙げていたのは、塩野七生の「マキャヴェッリ語録」である。
…君が今更マキャベリなんて、恐いじゃないか。
プリンスの心の中のつぶやきは、マキコに知られることはない。
気まずさを隠し引きつった笑みを浮かべるプリンスと眉をあげてそれを見つめるマキコ。
それでもTVとは便利なもので、画面は次の対象へ話題を運んでいく。合間の夏休み返上で選挙活動中の浪人議員達の映像は、
現役の彼らにとってはほほえましく感じられて、いつしかすっかり二人は寛ぎムードに浸っていた。
鳩山由紀夫の映像に切り替わってもそんな雰囲気は変わることもない。
鳩山夫妻の朝食。ゆっきー代表が照れながらも妻の手造りの朝食を自慢している。
絵に描いたような幸せ。
あんなのも良いな…かなうはずもないけれど。
傍らのマキコに視線を走らせ、プリンスはぼんやりとそんな夢想をした。
幸せな夏の夕べ。幸せな、プリンス。
けれど、そこまでで田中家の穏やかな夏休みは終わりだった。

homenext

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