すっかり日が沈みきった頃、二人は林道からアスファルトで舗装された車道に出た。まだ迎えは来ていないようだ。
確実に人里に繋がる道に出て、ぽっぽは道の端のへたりこんだ。
「はあー。つっかれたあああ」
ゼイゼイと息が上がっているぽっぽの隣に純一郎も腰を下ろし、はあっと息を吐いて天を仰ぐ。
「体力ないなあ、俺たちは。もう年かな」
「そうだねぇ。でもぼく、純ちゃんよりは若いよ」
「こいつ、今まで遭難してたくせに」
純一郎はぽっぽの肩を押し、二人は笑いあった。純一郎の穏やかな様子に、ぽっぽはほっとした。
ほっとして気が抜けると、今日一日の疲れがどっとのしかかってきた。
そんなぽっぽの目の前に、ミネラルウォーターのペットボトルが差し出された。
「喉渇いているだろう?飲めよ」
「ありがとう」
ぽっぽは純一郎の手からペットボトルを受け取ると、遠慮がちに一口だけ含んで純一郎に返そうとした。
こんな時にも行儀が良いぽっぽに、純一郎は微笑みながら言った。
「いいんだ。俺の分はちゃんとあるから。昼間からずっと飲まず食わずだろう?こんな時に遠慮するな」
「うん。じゃあ…」
ぽっぽは純一郎の優しい言葉に心を震わせながら、もう一度ペットボトルに口をつけた。
透明な水をゴクゴクと喉を鳴らしながら、一気に半分ほど飲み下す。
ぽっぽの乾いた体は、与えられた水をいくらでも吸い込んでいくようだった。
無心に水を飲むぽっぽの横顔を、純一郎はなぜか笑みの消えた顔で見つめていた。
その視線に気づいて、ぽっぽはペットボトルから口を離すと、照れたような笑顔を純一郎に向けた。
「ごめん。いっぱい飲んじゃった」
「ん…。いいんだ…」
その時、純一郎の方から輝くヘッドライトと、車のエンジン音が近づいてきた。

「迎えが来たみたいだな」
「え?もう?」
残念そうに言って、ぽっぽが純一郎の向こうから走ってくる車に目をやったその時だった。
「あっ!」
ハイビームに設定されたヘッドライトに目を焼かれ、ぽっぽの視界が真っ白になった。
「…ぽっぽ」
視力を失ったぽっぽの耳に、純一郎の声が響く。
「ごめん…。ごめんな、ぽっぽ」
「純ちゃん……?」
(どうして純ちゃんがあやまるの?)
そう聞こうとした時、ぽっぽの白くなった視界が突然暗転した。
「あ……じゅ…ん……」
「本当に、ごめん…」
意識を失ったぽっぽの体を純一郎が抱きとめた時、二人の側に二台の黒塗りの車が止まり、
黒ずくめのスーツ姿の男たちが降り立った。
「お迎えに上がりました」
男の言葉に、純一郎は厳しい表情で頷いた。
「…民主党の代表だ。丁重にお送りしてくれ」
「はっ」
男たちは速やかにぽっぽの体を車内に運んだ。するとその胸に、木の上から二人の様子を窺っていた鳩が降り立った。
「本当に主人思いだな、お前は」
鳩に向かってかけられた純一郎の声は、どこか羨ましそうだった。
ぽっぽと鳩を乗せた車が走り去りると、純一郎ももう一台の車のシートに身を沈めた。
車はすぐにぽっぽを乗せた車とは反対の方向、箱根に向かって走り出した。

「日暮れ前に連絡がありましたので、指示通りに迎えを差し上げました」
会食を終え、ホテルの自室に戻った純一郎の手に携帯電話を返しながら、飯島は短く報告した。
「あちらの方をお送りした者によると、間もなく軽井沢に着くとのことです」
「そうか」
純一郎は安堵した顔で言った。会食の最中も、そのことばかりが気になっていたようだ。
深夜になり、携帯電話が「For ever Love」を奏でた。
「もしもし」
『もしもし、俺だ』
受話器の向こうで、純一郎と同じ声が応えた。
「ああ。今日はありがとう」
『うん』
「あいつ、軽井沢についたみたいだ。さっき飯島が言ってた」
『そうか。良かった』
「お前には悪いことしたな。せっかくゆっくり休んでいたのに」
『いいんだ、そんなことは。ただ…』
「ただ?」
『…いや。それよりあいつ、ちゃんと目を覚ましたのかな?』
「飯島は何も言っていなかったが……もしかして、一服盛ったのか?」
『うん。俺たちのこと、バレるわけにはいかないだろう?』
「…全ては夢、という筋書きか」
『………』
「責めてるわけじゃない。俺でもそうしたと思う。とにかくよく無事に送り返してくれたよ」
『うん……』
「どうした?まだ何かあるのか?」
『…お前には正直に話すよ』
「うん?」
『本当は、帰したくなかった』
「え…?」
『帰したくなかったし、俺も帰りたくなかった。あいつの手を取って逃げたかった』
「………」
『無責任だろう?お前に全て押し付けて逃げようとしたんだ。俺は…卑怯者だ』
「でも、お前は帰ってきたじゃないか」
相手の自分自身を責めるような声を遮るように、純一郎は言った。
「ちゃんとあいつをいるべき場所に送り返して、自分も帰ってきた。そうだろう?」
『………』
「お前は卑怯者なんかじゃない。よく、帰ってきてくれたな」
純一郎はそこで言葉を切り、もう一人の自分に改めて言った。
「ありがとう」
『…うん。おやすみ』
「おやすみ」
それで二人の会話は終わった。
純一郎は携帯を手にしたまま、窓から電話の相手がいるコテージの方を見てつぶやいた。
「本当に、何から何までそっくりなんだな。俺たちは」
窓から吹き込む夜風が、既に秋を感じさせる爽やかさで純一郎の銀髪を揺らす。
彼らの短い夏休みも、もうすぐ終わりが近づいていた。

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