「ねえ」
しびれを切らした女が、男の体を小突く。
「うん…」
呻く様な不明瞭な声には、迷いが感じられる。が、男は続けた。
「あの子はまだこれからの子だ。それにまだ子供だろう?俺なんか合わないよ」
「あんたが女にしてやればいいじゃないのさ」と、あっさりという女に、
「変な奴」と、男はあきれたような声で言った。
「何が変なのさ?」
「自分の男に他の女の所へ行けなんて、普通言わないだろう。行かないでくれ、ならともかく」
「へえ、じゃあ他の子には言われてるんだねぇ」
「なんだよ、それ」
「あたしが知らないとでも思ってるのかい?随分入れ揚げてる妓がいるらしいじゃないか。それとも」
女は足で男の足をつつきながら、「あっちがあんたに入れ揚げているのかい?この色男」
「馬鹿」
「馬鹿はどっちだよ。まったく」
「平気なのか?お前は」
「何が?」
「いや…」
言おうとしたことが自惚れそのもののようで、男は問うのをやめた。が、察しの良い女は答える。
「あたしはね、いいんだよ。あんたが何人相手にしようが。あんたが一人占めにさえされなきゃね」
女の手元で炎が生まれて消え、部屋の中の煙草の香りがまた濃くなった。

「あんたは誰か一人の物になるなんて似合わない。ましてや女があんたの物になるんじゃない。
あんた一人が沢山の女の物になるんだ。それが似合いだよ」
唄うように話す女の言葉を、男は目を閉じながら聞いている。と、脳裏に奇妙な光景が浮んだ。
台の上に横たわった自分が、刃物を持った大勢の女たちに切り分けられていく。
最初は見知った女の顔ばかりだったが、段々と知らない女も混じり、最後には男まで入ってきた。
男を切り分ける人間の数は無数に増えていく。どんどん細切れにされ、消えていく自分。
「怖い、な」
不思議にコントロールできない空想に耐え切れず、男は目を開ける。
「そうかい?結構いい身分だと思うけどね。こんな具合に…」
煙草を挟んだままの手が、器用に男の手を取り、両手で包んだ。そこにゆっくりと女の顔が近づく。
と、ぽってりとした唇の間に、男の人差し指が吸い込まれた。
骨張った細い指を、柔らかな、濡れた温かい肉が、一本、一本、丁寧にねぶっていく。
そこから広がる、ゆるく生暖かい刺激に、男の目がわずかにすがめられた。
「………どうだい?」
小指までたどり着いて、女の目が男を見る。それは男の指と同じように濡れているようだ。
「…灰が落ちる」
男の目は女の指の間の、吸い差しの煙草に向けられていた。灰が白く伸び、今にも折れそうになっている。
女は男の手を布団に叩きつけるようにして離すと、煙草を灰皿に押し付け、男に背を向けた。
暗い中でも女の憮然とした顔が見えるようで、男は声を立てずに喉の奥で笑った。

「それで、どうするつもりなんだよっ」
女の白い背から、投げつけられるような声が飛ぶ。二人のやりとりは、若い芸者の話に戻った。
「そうだなあ…」
この場の雰囲気にそぐわないような、のんびりとした声。
そこに随分と幸せそうな響きを聞き取り、女は男の方に向き直った。
「あの子は野に咲く花だ。しかもまだ蕾だ。摘むには惜しいよ」
目を凝らしても、暗い中では男の表情までは見えない。が、女は男が笑っている、と思った。
あの子を思い浮かべて…。
「それに摘み取ったら枯れるだけだ。野に咲かせておけば、散ってもまた花を咲かせる。広く葉を茂らせて
花を増やしていくかもしれないし、見たこともない美しい花になるかもしれない…」
ほのかに幸せそうな男の言葉を、声を受け止めながら、女は不安だった。
独り言のような男の声は、女の耳には聞いている者の存在を忘れているように響いた。
「…勝手な言い草だ」冷たい声で男の夢想を断ち切る。
「あの子が惚れてるのはあんただよ?他の男に磨かれるのを見たいなんて悪い趣味だ。それに」
女は半身を起こすと、男の上にかぶさる様にしてその顔を覗き込んだ。
「枯らしたくなくて摘まないなら、摘まれたこっちはどうなるんだい?」
女は冗談めかしたつもりだった。しかし、その声に何を感じたのか、下から女を見つめる男の顔はひどく真剣だった。
深遠な、心そのもののような目に見つめられ、女の顔から笑いが消える。
時の流れが滞ったかのような静けさの中、女は魅入られたように動けなくなった。

ふっ、と男の目尻が下がり、微笑む時の癖で片頬が上がる。
その手が女の首筋を捕らえて、そのまま裸の胸にかき抱いた。
「どうしても欲しかったんだ。盛りの菊の花は、あんまり綺麗だから…」
男の手がまた動き、するりと女と体の位置を入れ替えた。
肩から伸びた腕はほっそりとして見えるのに、女の体を組み敷くのは、紛うことなき男の力。
「我慢できずに、つい手が出てしまった」
「純……」
男の名を呼ぶ声は、半分が闇に溶けて消え、半分は名前の主に吸い取られた。
何かを呼び起こそうとするような、執拗とも思える行いに、女の身が再び熱くなる。
しかし、男の気まぐれさには腹も立った。
「やっぱり…あんたは勝手だ。さっきは……」
隠しようのない艶を秘めながら、悪態をつこうとする気丈な唇に、形の良い指がふわりと置かれる。
「花は、黙っているのがいい。そうだろ?」
声を封じた指が、そのまま唇をなぞり、顎に、首筋にと滑り降りていく。
女はもう抗うことをやめていた。
どうしたって、勝負はもう決まっている。それなら、今自分に与えられるだけのこの人を、存分に感じる方がいい。
与えられる全てを逃すまいとするように、女は目を閉じ、自らの上で蠢く背中に腕を絡める。
しかし、与えられ、奪われながら、それでも女は夢中になれずに考えていた。

…あの子が野に残される花なら、自分は手折られ、愛でられる花だ。
それなら、咲けれるだけ咲いて、潔く散ってやろう。
(でも、もしかしたら…)
水に差された花は、自分を手折ったその手に、散らされたいと思っているのかもしれない…。

女の目が開き、男の肩越しに天井と自分の間を埋める、暗い空間を見る。
その目は不思議なほど醒めていた。
冷めた心を誤魔化すようにまた目を閉じると、絡めあった体が高める熱、ただそれだけを追いかける。
そんな男と女の営みを包みながら、夜は静かに更けていった。

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