=官房長官と政策秘書官による、クローンに関する一考察=

その夜、福田が公邸を訪れると、いつものように秘書官の飯島が出迎えた。
「今日も、ですか」
福田の問いかけに、飯島は暗い顔でうなづいた。
「ここのところ、ずっとこうです」
「そうですか…」
二人は閉ざされたドアを見た。ドアの向こうは音楽の鳴る気配もなく、ただひたすら静かだった。
最近の純一郎は夜はもちろん、少しでも空いた時間があると、クローンと二人で部屋に篭ってしまう。
以前は他の誰かと談笑していた時間のほとんど全てを、クローンとの時間にあてている。
福田と話をしていても、必要最低限の情報を得ている、という感じだった。
それは、福田よりも近い所にいる、飯島に対しても同じのようだ。
当人たちは互いの記憶の整合性を保つためと言っているが、福田にはそれが、あまり良いことには思えなかった。
ドアを見ながら飯島が尋ねる。
「そんなに良いものなのでしょうか?もう一人の自分、というのは」
「わかりません。もともと孤独を好まれる方ではありますが…なにせ有史以来、
誰も体験したことのないことですから」
「…実験、でもあるわけですね?」
少し棘のある飯島の言葉に、福田は何も返せなかった。
事実2人の純一郎からは、毎日研究グループによって、様々なデータが採られている。
専門的な内容は福田には分からなかったが、研究グループの関心は、2人の精神面に集まっているようだ。
「飯島さん。あの2人を見ていてお気づきになりましたか?」
福田の声に、飯島は彼の方を見た。福田は更に続ける。

「どちらかがうれしい時、悲しい時、もう片方が反対の感情を持つことがないのです。
本人が嬉しい時は、クローンも気分が明るい。クローンが悲しい時は、本人もつらい」
「共振、ですか」
「普通に生まれた双子でさえ、心が通じ合うと言います。ましてやあの2人は…」
「2人であって2人でない、と?」
飯島の言葉に福田はうなづく。飯島はその意味を考えてみた。
プラスの感情が働いている時はいい。
しかしその心理がマイナスのベクトルに乗っている時、その心は果てしなく沈んでしまうのではないか?
しかも純一郎は今、政治的にも心情的にも、非常に難しい選択を迫られている。
「…私は、とんでもないことをしてしまったのかもしれない」
ドアの向こうを見通そうとするかのように見つめながら、福田がつぶやいた。
2人を1人に戻すことはできない。できることと言えば、もう1人を消してしまうことだ。
しかし、そんなことは消される側が許しても、残される側が許さないだろう。
それがクローンにせよ、本人にせよ、「純一郎」とはそういう人間だった。
「何もかも、あの人のことを思ってやったことじゃないですか」
沈んだ肩に、丸みのある手が置かれる。
「それは分かってくれてますよ」
微笑む飯島に向かい、福田は力ない笑顔を向ける。
「私がどう思われようといいんです。ただ、今の状況が変えられないのなら、
あの方が少しでも楽になれればいい。それだけです」
自分自身も内閣のスポークスマンとして矢面に立ちながら、そう言ってのけることができる。
純一郎が官房長官として選んだ男は、そういう人間だった。
「ありがとうございます」
純一郎の代弁者と称される男は頭を垂れ、福田に素直に礼を述べた。
「なんの」
閉め出された男たちをよそに、ひたすら時間が過ぎていく。
ドアの向こうは相変わらず静かなままだった。

backhome

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析