深刻そうな中谷の様子に竹中は頷くと、レコーダーを机に戻しながら口を開いた。
「総理が就任してからこっち、『抵抗勢力』が総理周辺からスキャンダルを見つけ出そうと躍起になっています。
参院選後の巻き返しを狙ってね。今現在、大したネタが上がってないのは幸いです。しかし、総理の膝元の内閣から
こんなものが流れたら、清廉さが売りの小泉内閣、その生命線である支持率にどんな影響を及ぼすか計り知れません。それに」
一息にしゃべり続けた竹中が、意味ありげに言葉を切る。
「あの方も大いに悲しまれるでしょう」
「あの方、とは?」
「知れたこと。この内閣のお姫様ですよ」竹中はこともなげに言ってのける。
「あの方があそこまでがむしゃらに働きながら、総理に何を期待しているか…門外漢の我々でも勘づきます。
ああもあからさまではね。ましてや、あなたがお気づきにならないはずはないでしょう」
「…どういう意味です?」
中谷が写真から目を上げる。そこにはどんな感情もない。彼は経験によって感情をコントロールすることを知っていた。
しかし、そこに別の感情を被せることまではできなかった。
中谷に見据えられた竹中の表情には、相変わらず笑顔が張りついている。
幹部自衛官として鍛えられた眼力をもってしても、それは剥がせそうになかった。
さりげなく写真に目を戻し、
「確かにこれを、マスコミの手に渡すわけにはいきませんね」と中谷が言うと。
「これは防衛庁を預かる方のお言葉とは思えませんね」と竹中は大げさな身振りで驚きを表現してみせた。
「今、怖いのはマスコミだけではありません。個人レベルでも世界に向けて、いくらでも情報を発信できる時代ですよ。
恐ろしいことに、その真偽すら問われずに」
竹中はずい分と機嫌が良く、多弁だった。しかし、その上から物を言うような口調は、少なからず中谷の神経を逆なでた。
「教授、ご講義はありがたいのですが、私もこれで忙しい身です」
中谷は写真を元のように封筒にしまうと、レコーダーの横に置いた。
「用件は手短に願いたい」
「いや、これは失礼いたしました」
笑顔が恐縮したような表情に崩れる。これが本心に見える所が油断がならない。
「単刀直入にうかがいます。あなたはこれをどうされるおつもりです?」
中谷の問いに、竹中は意外な答えを返した。

「いや、それは私がうかがいたい所です」
さすがに中谷も絶句した。
「お話が見えないのですが…?」
「いや、つまりはこういうことです」竹中は手を上げて中谷を制する。
「私は学者です。情報を分析することはできますが、それを武器にした謀略には向かない。手足となる忠実な部下もいない。
しかし、あなたなら…」
「自分に何をしろと!?」思わず昔使っていた自称が出てしまう。それほど中谷は混乱し、興奮していた。
しかし、竹中はまるで動じない。丸っこい童顔は微笑んだままだ。
「ですから、それはお任せします。ただ、こうは思いますがね」白封筒を取り上げ、中谷の目の前に掲げて見せる。
「これはあなたにとって、諸刃の剣だと。」
「どういうことです…?」
「確かに内閣にとってはやっかいな代物です。でも長官、あなた個人にとっては武器になるのではないですか?」
中谷は大きくニ、三度頭を振った。
「おっしゃる意味が解かりませんし、解かりたくもありませんな」
もう沢山だ、と言わんばかりの中谷に、竹中はなおも続ける。
「例えばこういうのはどうです?貴方が現在、統べているのは、防衛庁」少し身を乗り出し、
「…『省』にしたいとは思われませんか?」
「何を言って…!」
「例えば、の話ですよ」困惑と怒りを露わにしている相手に、造作なく子供のような笑顔をうかべてみせる。
「これはお預けします。破棄されるなら、それはそれでどうぞ。私は一切関知いたしません」
言いたいことを言ってしまうと、竹中はさっさと席を立ち、ドアに向かった。まるで講義を終えたかのように。
部屋の主は当然見送るべきなのに動かなかった。
「最後に一つだけ」
ドアノブに手をかけたところで竹中は立ち止まり、ソファに座ったままの広い背中に声をかけた。
「それ、あの方の心を捕らえるのにも使えるのでは?」
ラグビーで鍛えた大柄な体躯が振り向いた時、小柄な学者の姿はもうそこにはなかった

待っていた車に竹中が乗り込むと、シートには既に一人、男が座っていた。
「大した手管だ」男は耳からイヤフォンをはずしながら言った。
「どうも」竹中も男の隣に腰を落ち着ける。と、車はゆるやかに走り出した。
「で?何を考えてる?」
「別に」男の問いに竹中はそっけなく答える。しかし、しばらくするとこらえ切れないかのように言葉があふれだした。
「ただね、許せないんですよ。穴だらけの理論しか持たないくせに、経験や勘なんていう当て推量で国を動かそうとする連中が。
下手すりゃその場、その時の気分まかせだ。その結果を被るのは我々国民。まったくいい迷惑ですよ」
「君も今じゃ『大臣』じゃないか」
男のからかうような語調に、竹中は自虐的な笑みを浮かべる。
「所詮、私は人寄せパンダの一匹ですよ。受けた以上、自分の仕事はしますがね。でも、それを邪魔する連中には正直うんざりです」
「なるほど」男はポケットから一枚の写真を取り出した。
「早い話が嫌がらせなんだな?この一件は」
問われて竹中は、喉の奥でくくっと笑う。
「ま、どう取るかはご随意に」
「しかし、君も人が悪い。その対象に、わざわざあの男を選ぶとは」
「中谷長官、ですか?」
「そう。軍人らしく、主人には愚直なまでに忠実。そして純情だ。迷うだろうな、こんなものを見せられたら」
「だから面白いんじゃありませんか」竹中は自分の思いつきに笑みを濃くした。
「どう転がるか、見ものでしょう?このまま何も起こらないかもしれない。でも、もしかしたら」握った拳をぱっと開いて見せる。
「小泉内閣が消えるかもしれない。」
「確かに」男も写真を面白そうにながめながら「当分退屈せずにすみそうだ」と言った。
男の指の間にある写真は、竹中が中谷に渡したのと同じものだった。

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