官邸に戻った純一郎は、党首討論の終わりに辻元から手渡された本に視線を落とした。
そこに挟まれた一枚のメモ。それを手に取ろうとして、一瞬の戸惑いを覚えた。
何に苛立ち戸惑うのか自分でも判然とせぬまま、彼はメモを抜き取った。
そこには一言だけ、いかにも辻元らしい神経質そうな文字で書かれていた。

純一郎は、辻元から渡された例の紙切れを見ていた。
それを持つ手が小刻みに震えていた。
純一郎は紙切れを右手で握りつぶした。
右手の中でそれは固く、小さな固まりとなった。
それには神経質そうな字で、たった一言、こう書かれていた。

“萌えー”と。




  ∧ ∧
  ミ;゚Д゚彡 <『萌え〜』……ハァ!?
  ミ つ□
  ミ   ミ              ∧ ∧
  U U       ツジモト→  (*´д`) <(やったで〜、ついに渡せたわ〜)
                  /つ  つ
              ≡ 〜(____丿

萌えー? 純一郎は首を捻った。ものみな萌えいずる春、の「萌え」なのだろうか。
だが、その意味を持つ「萌え」ではないように思われた。
では何なのだろう? 背後にとんでもない意味を持つ暗号なのだろうか?
一刻も早く解読しなくてはならない。そう考えた純一郎は、未だかぼちゃのことを考え続ける飯島を呼んだ。

「お呼びですか?」
頭の中をかぼちゃでいっぱいにしたまま、飯島は総理大臣の元へ賭け付けた。
純一郎は目を細め、僅かに不機嫌さを滲ませながら一枚の紙切れを飯島に手渡した。
「それを解読して貰いたい」純一郎は溜息を漏らした。「どうやら重大な秘密が隠されている暗号らしい」
暗号? 飯島は驚きを隠そうともせずに紙切れを見遣った。
そこには幾分震えた文字でたった一言だけ書かれていた。

「萌えー」

それが全てだった。

部屋のドアを開けた飯島を、純一郎が呼び止めた。
「飯島君、その件は急ぎだ。よろしくたのむ・・・。それから・・・・」

「かぼちゃって、旨いね。」

飯島は再びがっくりと肩を落とした。
全身から吐き出したかの如き溜息がつい出てしまう。
飯島は眉根を寄せてメモを凝視した。
これのどこに重大な秘密が隠されているというのか。
途方にくれた飯島は、党本部へと向かうのだった。

そのときウザ元ウザ美(仮名)は新たなメモを持って小泉(本名)を待ち伏せしていた。
コツンコツン、と廊下の向こうから足音が響いてくる。
「来た!!」
ウザ元はニヤリと笑った。
しっかりと握られたメモには

「純たんハァハァ」

と書かれていた。

辻元が独り胸をときめかせている頃、飯島は自民党本部に到着していた。
手にした手帳の間には、例の「萌え〜」のメモが挟まれている。
エレベーターに向かっていた飯島はふと足を止めた。
一人の男が向こうからやってくる。飯島は思わず身構えた。
元幹事長野中広務が、悠然とした足取りで近付いてきたのだった。
「ああ、飯島さん、どうもどうも」
声音だけはにこやかな野中だったが、その細い目には冷たい光が宿っていた。
飯島は、咄嗟に手帳を背後に隠そうとした。見られてはいけない、そんな気がしたのだ。
だが運悪く、手帳を取り落としてしまった。バサッという音とともに手帳は床に落ちる。
挟まれたメモが、ひらひらと野中の足元へ舞い落ちてゆくのを、飯島は呆然と見ていた。
それを拾い上げた野中は、書かれた内容を一瞥し、曰くありげな笑顔を見せた。
「お気をつけなさいよ飯島さん。これはね、あなた、恐ろしいものですよ。民主党もここまでやるとは」
それだけ言い残し、野中は党本部ビルを後にした。
このメモが社民党の辻元から総理に渡されたものであることを知らない飯島は、
呆然とその背中を見送るのだった。

「辻元議員のやることは、一から十まで全くもってワケがわからんな・・・。
萌えいずる春の萌えー、だろうか?
それとも・・・・?」
純一郎は軽く握った拳を口元にあてがう。
これは彼の考え事をするときのいつもの癖だ。
「よくわからん。が、返事はこれでいいだろう・・・」
彼は白い紙の上に一筆したためた。

恋人を
妻と呼ばれて
面はゆし

「これだな。」純一郎は満足そうに頷いた。

一方、辻元は新たなメモを持って小泉を待ち伏せしていた。
切ない想いが彼女の判断能力をにぶらせたのかもしない。
廊下の向こうの足音が、異様に、小走りだということに気付くべきだったのだ。
・・・気付いてさえいれば、これほどに傷付くこともなかっただろう。

廊下の向こうから現われたのは真っ赤に上気したタコだった。

飯島は官邸に戻った。野中から聞かされた言葉
――これは恐ろしいもの、民主党が絡んでいるらしい――を純一郎に伝えるために。
萌えー。このたった一言の暗号で、民主党は何をしようとしているのか。
飯島の背中を恐怖が駆け抜ける。純一郎に会い、党本部での一部始終を報告した。
「萌えー、が民主党?」
「野中先生はそう仰られました」
「実は、あの『萌えー』の暗号は社民党の辻元議員に手渡されたものなんだが…
そうか、民主党が関わっているのか」
純一郎は、先ほど書いた辻元への返信を破り捨て、険しい顔で立ち上がった。

「何かの暗号だとしたら…アナグラムが考えられます」
飯島はおごそかに告げた。
しかり、と小泉はうなづく。
「ではまず、萌えーをローマ字に直して…」
「”MOEEE”でしょうか?」
「そ、そうだな」
もえー。
何度きいても、緊張感のない響きだった。
暗号という言葉の持つ緊迫が微塵も反映されていない。
並べ替えてもさっぱり単語にならない。
第一アナグラムとは、並べかえた前も後も、ちゃんとした言葉になっているべきものではなかったろうか。
しかるに、「もえー」とは。
自分達が検討はずれのことをやっているような予感がし、小泉は戦慄した。
こうしている間にも、民主党のおそろしい策略が着々と自分を追い詰めているのかもしれない。
「M、O、E…」
「やはりこれだけでは、わかりませんね」
「これだけではわからない?」
小泉はふと顔をあげ、飯島を見つめた。
なんだろう?
まさか、またかぼちゃがほしいのかな。
飯島はちょっとさびしくなった。
でも、最近お疲れの総理がそれほど食べたいと言うのなら…。
飯島のつまらない危惧をよそに、彼は何かひらめいたらしく、いきなり立ち上がった。
「そうか、わかったぞ!これは略語だ!」

一方、東京では純一郎と飯島がひそかに招集した暗号解読プロジェクトの面々が
侃々諤々の議論を続けていた。
「MOEは略語ってことでいいんですか?」
「Murder of Economy ではないでしょうか。つまり、竹中大臣のいわゆる
『骨太の方針』は経済の殺人である、という」
「骨太ってのは逝印の『毎日骨太』を連想させてイヤですよね」
「いや、Most Oracular Economy かもしれませんよ。最も賢明な経済」
「Oracular ってあまり見かけない単語ですよね」
「Oで始まる単語がそれくらいしか見つからなくて……」
「それは解読とは言わない。(^-^;」
「いや、そもそも重要なことを見落としていませんか。辻元は関西人ですよ。
当然暗号も関西弁で書くはずだ。つまりこれは、Mattaku Omaera Eekagen ni sei
の略ではないでしょうか」
「わざわざ暗号にするほどでしょうかねぇ……」
「しかし民主党がからんでいるという情報もあるんでしょう。民主党といえば
参院選に大橋巨泉を出すそうじゃないですか。Minshutou Ohashi と来て……」
「E は何だ」
「E で始まる大物候補の隠し玉がいるのでは!?」
全員の表情が緊張した。

「しかし、そもそも、何故社民党の辻元議員が、民主党の動きを総理に告げる?」
プロジェクトメンバーの一人の何気ない言葉に全員がはっと息を飲んだ。
その疑問はあまりにも当然であり、ゆえにこれまで誰の脳裏にも思い浮かばなかった。
「飯島さんによれば、野中氏が、この『もえー』は民主党の仕業だと、しかも恐ろしいことだと語ったそうですが」
別のメンバーが恐る恐る口を開いた。全員が黙り込み、震える文字で綴られた「萌えー」の一言を凝視した。
民主党と、社民党。民主左派と社民の間で何か密約が取り交わされたのだろうか。
それが野中の耳に入ったというのか?
これは大事(おおごと)になる。その場にいた全員がそう感じていた。
おりしも明日は都議選の投開票日。総理の帰京を待ち、これまで出された意見を具申せねばという意見で落ち着いたのだった。

→A案へ
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→番外編(「野中、萌えを知る」) へ

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