ぽっぽは自分がどこにいるのかわからなかった。
あたりを見回しても、あるのは漆黒の闇・闇・闇。
そして、頭の中が痺れるような沈黙。
(こわい……。)
ぽっぽは自分の体をそっと抱きしめた。
時間は刻々と過ぎていく。
もしかしたら、止まっているのかもしれない。
そんなことはどっちでも良かった。
ぽっぽは不安で不安でたまらなかった。
この暗黒の中に、このままずっと一人ぼっちでいるのだろうか?
そう考えると涙がこみ上げてくる。
(嫌だ…そんなのは嫌だ!)
ぽっぽはめくら滅法に歩き回り、必死で暗闇を透かし見た。
やがて、遠くにぼんやりと光るものが見えた。
遠くて何なのかわからなかったが、ぽっぽは必死にそれを目指した。
どれぐらい歩いただろう。
光っているものが何なのか、おぼろげに見えてきた。
(もしかしたら…。)
ぽっぽの目に、それは銀髪のように見えた。
胸にうれしさが込み上げる。
しかし、同時に別の不安も膨れ上がる。
銀髪の主は、倒れ伏しているように見えた。

その人まで数歩、の所でぽっぽは立ち止まった。
「……純ちゃん!」
純一郎だ。純一郎が倒れている。
仕立ての良いスーツ。
真っ白なワイシャツ。
趣味の良いネクタイ。
きちんと磨かれた靴。
全てが完璧な中で、豊かな銀髪の下の顔だけがげっそりと痩せ、紙のように白かった。
それはよく出来た蝋人形を思わせ、ぽっぽをどきりとさせた。
「純ちゃん、純ちゃんどうしたの!?」
ぽっぽは純一郎を助け起こそうと駆け寄った。すると、
すうっ、と純一郎が立ち上がった。
手足をだらりと垂らし、首もうなだれたまま。
生きた人間ではない、幽霊かあやつり人形を思わせる動き。
「純…ちゃん?」
ぽっぽは純一郎に触れようと、おずおずと手を延ばした。すると、
すうっ、と純一郎の体が後じさり、さらに浮き上がった。
浮き上がる?
ぽっぽの大きな目がこぼれんばかりに見開かれる。
純一郎の細い体は、確かに空中にあった。
こんなことがあるだろうか?
ぽっぽは呆気にとられた。すると、
すうっ、と純一郎の両手が横に広がった。翼のように。
あっ…とぽっぽは思った。
(キリストだ…。)
純一郎の姿は何かの外国映画で見た、キリストの像を思い出させた。


罪人として十字架にかけられた救世主。
そんなことを思いながら、ぽっぽはぼんやりと純一郎を見上げていた。すると、
ぽたり、と何か温かいものがぽっぽの頬に落ちた。
(え?)
ぽっぽは自分の頬に触れ、その手を見た。手は赤く染まっていた。
その間にも何かは、ぽたり、ぽたりと降り続け、ぽっぽの頬を濡らしていく。
ぽっぽは、はっとして純一郎を見上げた。
純一郎は十字架にかけられていた。キリストのように。
華奢な白い手のひらに、よく磨かれた革靴の足に、太い鉄の釘が打ち込まれ、
わき腹は無惨に穿たれて、とめどなく血があふれている。
うなだれたままの純一郎の顔は、痛々しいほど苦痛に歪んでいた。
「純ちゃん、どうして!?どうしてこんな…!」
ぽっぽは純一郎の足元に駆け寄った。
助けなければ、と思った。
重ね合わせた足に打たれた釘に手をかけ、渾身の力で引いた。
動かない。
ぽっぽの手はみるみる純一郎の血で染まっていく。
血のぬめりと格闘しながら、ぽっぽはなんとか釘を抜こうとした。
ぽっぽのスーツも、シャツも、純一郎の血でぐっしょりと濡れるまで。
それでも釘は、ぴくりとも動かなかった。
―――その釘は抜けない。
どこからか声が聞こえた。
「誰だ!?」
ぽっぽは辺りを見回した。誰の姿も見えない。
―――それは何千万という人間の力で打ち込まれている。お前一人の力では抜けない。
はるか彼方から聞こえてくるような、それでいて耳元で囁かれているような、
男か女かもわからない不思議な“声”。
ぽっぽは純一郎の足元にがっくりと崩折れた。目から涙があふれ出る。
「ど…して、こん…な、ひどい……。」
―――罰だ。
“声”は短く答えた。
(罰?)
ぽっぽはくっと顔を上げた。
「なぜだ!純ちゃんが何をしたっていうんだ!!」
“声”は答えなかった。代わりに、
ひゅっ!と鋭い音を立てて何かが純一郎めがけて投げられた。
純一郎の薄い胸に当たって落ちたのは、ごつごつとした石だった。
その一つがきっかけだったように、四方八方から石つぶてが浴びせられた。
大きな石。小さな石。白い石。黒い石。
色々あったが、その全てがごつごつと尖っていた。
「何するんだ!やめろ!やめろおっ!!」
純一郎に当たって落ちる石から身をかわしながら、ぽっぽは叫んだ。
やがて、さっきとは別の声が聞こえてきた。
『嘘つき!』
『詐欺師!』
『法螺吹き!』
『俺たちの痛みを知れ!』
老若男女、無数の声・声・声。その全てが呪いの言葉。
石の声だ。石の一つ一つが叫んでいる。

ぽっぽには何がなんだかわからなかった。どうすることもできなかった。
ただ、自分の無力さに涙が止まらない。
石は飛び続けている。叫び続けている。
いくつかがぽっぽにも当たったが、どうでも良かった。
「ぽ…っぽ…」
また別の声が聞こえた。
細く、消え入りそうな、でも懐かしい声。
ぽっぽははっとして純一郎を見上げた。
「純ちゃん!?」
石が当たったのか、額が切れて白蝋のような顔に血が流れている。
その凄絶な美しさに、ぽっぽは一瞬息を飲んだ。
「…そ…こに、いる…と、危な…い…ぞ。」
ぽっぽには、純一郎がかすかに笑ったように見えた。
「純ちゃん!純ちゃんっ…!!」
ぽっぽは純一郎の足に取りすがって泣いた。泣き喚いた。
「俺の…は…も…いい、か…ら…。な?」
そこまで言うと、純一郎はふっと目を閉じた。
うなだれていた首が、さらにがくんと前にのめった。
「…純ちゃん?」
ぽっぽは純一郎の足を揺すぶった。何の反応もない。
(あ……)
よろよろと後じさり、膝をつく。
「ああああああっ!!」
ぽっぽは叫んだ。叫びながら拳で地面を打った。もう涙も出なかった。
やがて拳が破れて血が流れ、愛しい人の血と混ざり合った。
石は相変わらず叫びながら、純一郎を打ち据えている。
―――ぽっぽよ。
石の叫びを縫うように、またあの“声”が聞こえた。
―――お前にこの覚悟があるか?
何の覚悟なのか?
ぽっぽはもう何も考えられなかった。
純一郎と自分の血で汚れたまま、ぐったりと倒れて目を閉じた。すると突然、、
わぁっ!という歓声がぽっぽの耳を打った。
驚いて目をあけると、そこは自宅の居間。
(眠って、いた?)
ソファから身を起こし、顔をなぜるとぐっしょりと汗で濡れた。でもそれだけだ。
テレビはニュース番組を映していた。
画面の中では純一郎が、何千という人間を前にして吼えている。
照りつける日差しの中、銀髪を輝かせながら。
その煽情的な言葉に、一挙手一投足に、惜しみなく、時にヒステリックな歓声が送られる。
ここ数日見慣れた光景。
ぽっぽはほっと息をついた。
あれは夢だ。
悪い夢、だ。
あんなことは起こらない。起こるはずがない。
(でも…)
夢で聞いた石の声と、テレビから流れてくる歓声。
それが妙に重なって聞こえる。
その奇妙さに、ぽっぽはびくりと身を震わせた。
そして、自分に覚悟を問うあの“声”。
「覚悟…。」
ぽつり、とぽっぽはつぶやいた。
テレビの映像は自分の演説に切り替わっていたが、もう見てはいなかった。

homenext

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