「ティッシュ!」
マキコは叫んだ。
不安な面もちで立ちつくしていた5人の秘書官のうちの一人が、
側にあったネピアの箱をただちに差し出した。
「これじゃないっ!」
別の秘書官がスコッティの箱を探しだし、慌てて差し出した。
「違うっ!!!」
マキコはティッシュの箱をやみくもに投げつけた。
「ああ〜〜〜っ!もう!どいつもこいつも役立たずばっかり!!!!」
執務室はパニックに陥った。
その時だった。
一人の男がマキコ座っているソファーの前に静かに立った。
ふわり・・・
その男が差し出したものは、
“クリネックスクレシア”ハイクオリティーフェイシャルティシューだった。
「あ・・・ゲンコちゃん・・・」
マキコは涙で潤んだ瞳で彼を見た。
中谷防衛庁長官だった。

ちーん!
マキコは中谷の差し出したティッシュで思い切り鼻をかんだ。
そして所在なさげに立ちつくしている5人の部下に命じた。
「あんたたち、出ていって!良しというまで私の部屋に入らないでちょうだい!」

マキコは二人きりになるやいなや中谷の手を取り、自分の隣に座らせた。

「ゲンコちゃん・・・わかるでしょう?私がどんなに今不幸か・・・」
「お察しいたします」
「私はね、心底総理が心配なの。だって・・・だって・・・」
「脅されたのですね、あなたのパパの古いお友達に・・・」
「そうなの・・・参拝したら・・・命が・・・」
「それ以上はおっしゃいますな!それこそ貴女の身に危険が・・・」
「純一郎さんはね、命なんか惜しくないって・・・・いやよぅ!そんなの
絶対にいやよぉーーーーっ!」
泣き叫ぶマキコを逞しい胸に抱いたまま、中谷は天井を仰いだ。
「解決の道は・・・あるのだろうか?」

真紀子の脳裏には、まだ自分の若かりし頃に遭遇した事件がはっきりと
思い出されていた。
首相当時の父親に付き添って東南アジアを訪問した、そのときのことだ。

彼らを迎えたのは、折から東南アジアに進出し始めていた日本企業を
かつての侵略者のように見なしての反日暴動だった。
後になって「あれは政府と癒着している現地の資本家たちと、それに更に
癒着する日本企業への不満が噴き出したものであり、それに権力闘争が
絡んだものでもあった」ということは聞いたが、それでも他ならぬ
自分たちの訪問時に暴動が起きた、それを目撃したということは真紀子に
とって少なからぬ影響を及ぼしている。

今年の十一月には、APECの首脳会議が上海である。
このままではそのとき、反日暴動が起きないとも限らない。
下手をすれば、会議そのものがぶち壊しになる可能性すらある。
・・・彼のせい、ということになるかも知れない。
それだけは真紀子は避けたかった。

投票日の午後。
奇妙な静寂に覆われた公邸は、おだやかな解決へと向かう舞台としては最高のものと映る。
公用車を降りた真紀子は彼のもとへと急いだ。そう、ただひとつのことを伝えるために。

たしかに目と目を見て話しはした。
たしかに自分の言葉を、彼は真摯に聞き届けてくれた。
自分の懸念することを、自分がかつて見た光景と同じようなカタストロフを、
たしかに彼は予見してはいなかった。
だから感謝してくれた。そして、熟慮するとも言ってくれた。

だが、失うものが多すぎる、という、どれほど言葉を重ねても語りつくせぬ不安が
目の前の彼には届かない気がする。いやむしろ、それがはねかえされてゆくことを
真紀子ははっきりと感じていた。彼が聞き役に徹していたにもかかわらず。

(失うものなんか何もないじゃないか・・・あるとすれば相手の外交カードと俺の命だけだ)

真夏の太陽の下ですれちがった二隻の船は、いまやその隔たりを増すばかりになっていた。

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