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 新聞を開くと、朝の匂いと、新しいインクの匂いが鼻を突いた。
 僕はいつも、朝刊のまん中あたりから攻める。
 そのあたりのページには、料理とか、生活の知恵とか、定年退職した老紳士のふだんの生活とか、とにかく生々しくなくて、ちょっぴり役に立つ記事が詰まっていると思う。
 その日も僕はいつものように、適当にまん中あたりを開いた。
 なかなかうまそうな、変わりパスタ。飼い猫をなくした老婆の心境。正しいアイロンの掛け方。電車の中での携帯電話マナーについて。
 僕は、淹れたてのコーヒーを啜りながら、それらを丹念に読み、これは、と思ったものはハサミでどんどん切り抜いていった。
 それが僕のやり方なのだ。
 次のページは、見開きで車の広告。なかなか金がかかっていそうだったが、そのデザインはあまり僕の気を引かなかった。
 次。
 そこで僕ははたと固まってしまった。
 それは、ある男のポートレイトだった。
 それは、政党の出した白黒の一面広告に違いなかった。
 それは…。
 だが、僕の知っているどんな広告よりも、それは、強く僕の心を捉えた。
 彼の強いまなざしに射すくめられた臆病な猫のように、僕は身動きできなかった。もしかすると、息も止まっていたかもしれない。
 「おやおや。」
 わざと、どうでもいい声を出してみることで、僕はかろうじて、「彼」の視線から逃れた。
 そうして、いつものように丹念にそのページを眺めようとした。
 …だめだ。
 どうしても、目が合うと、竦んでしまう。
 気を取り直して、彼とにらめっこしようと思った。
 笑ったら負けだ。
 男は、腕まくりをしていて、やはりこっちを見ていた。
 ふと、僕に勝機が見えた気がした。
 「献血にご協力ください!!」僕は声に出してみた。
 すると、どうだろう。男が、堪えきれずに、にやり、と頬を緩ませたじゃないか。気をよくして、僕は、さらに細部までくまなく点検した。そうして、思わず声をあげた。彼のポートレイトの周りには、こんなものがついていたからだ。
    「--------------------------------------」
 そこで僕はコーヒーを飲み干したあと、手にしたはさみで、彼の周りを丁寧に切り取り、パスタのレシピとともに、スクラップブックに保存することができたのだった。
 にらめっこの勝敗は、もちろん引き分け、だ。
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