「内閣総理大臣、小泉純一郎君」
名を呼ばれ、答弁に立つその背中を見ながら、伸晃は思う。
この人は明らかに疲れている。くたびれ果てている。
隠そうにも隠し切れない疲労の影を滲ませながら、それでも人を引きつけて止まないのはなぜだろう、と。
伸晃がそう思う間にも、純一郎は頬のこけた蒼白な顔に、時折不適な笑みさえ浮かべながら、人々の問いに答えていく。
その様子は彼の日常を、端的に現しているようにも見えた。
就任した瞬間から目の前に積みあがり、日々増えていく難問の数々。
そしてあの忌まわしい事件。
この国の人間も数多く巻き込まれ、今は国そのものが危機にさらされている。
分刻みで変わる情勢と、留まることなくもたらされる、膨大な量の情報。
それらに対し、純一郎は常に迅速で的確な判断を求められている。
考える時間もほとんどない中で役立つのは、これまでに培った経験と、野性的とも言える勘だろう。
危険を嗅ぎ分ける力とでも言うべきか、それは安穏とした生活の中では、眠っている能力なのかもしれない。
純一郎は今、一瞬の油断が、一つの間違いが命に関わるような、野生の原野と同じ状況の中で、
「日本」という群れを守ろうとしている。
だからか、と伸晃はまた思う。
獅子は動物園の檻の中ではなく、野生の原野でこそ輝く。
純一郎が危機に際してこれだけの輝きを見せるのも、野生の獅子と同様の能力を、強さを持っているからだろう。
彼のそんな力が、肉体の衰えをも美しさに変換させてしまうのかもしれない。
例えば心労のため白いものが増すごとに、皮肉にもその銀髪は輝きを増すように。
命と引きかえにもなりかねない、危うい美。
だからこそ惹かれるのかもしれないが、あまりにも痛々しい。
出来ることなら、ほんの少しでも休息を取ってもらいたい、と思う。
しかし、伸晃が任せられている仕事も猶予のならないものだ。
このような状況だからこそ急がねばならない。
結果的に純一郎の安息の時間を奪うことになる自分の立場に、伸晃は胸が痛んだ。
(でも俺は決めたんだ。この人と行くと)
伸晃は手にした書類を強く握り締めた。それは道路公団民営化に関するものだった。


今でもふとした時に思い出すことがある。
あの人が過ちだと言う「あの時」のこと。
鼓動も呼吸も交じり合った、めくるめくあの一瞬。
夢幻の時。
夢から覚めた時、大音量で流れていた音楽は途切れ、
スピーカーからはサーサーと意味のない音が流れていた。
何があったのか。
何をされたのか。
何をしたのか…。
どれも上手く思い出せなかった。
ただ目の前にあるのは、血の気の失せた顔に汗を浮かべて倒れているその人。
そして、呆然とその人を見下ろす自分。
それが現実だった。
名前を呼ぼうとした時、その人が目を開いた。
ぴくりとも体を動かさないまま、目だけが伸晃を見上げた。
変わらず孤独に沈んだその瞳。
…僕はあんなにも幸せだったのに……?
その人を助け起こすこともできず、逃げるように部屋を後にした。
瞳に孤独を宿したままの人を残して。
そこからどうやって家に帰ったのか覚えていない。
気がついたら暗い自室のベッドの上にいた。
父は何も言わなかった。

子供だった…と、今では思う。
あの時はどうすることもできなかった。
ただ巻き込まれ、溺れ、そして逃げることしかできなかった。
でも今なら?
今の自分なら受け止めることができるのでは?
「喜怒哀楽を出さないようにしている。そういう訓練をしているんだ」
人一倍贅沢な感情を持ちながら、あの人は笑ってそう言う。
そして、込み上げるものを秘めやかな心の襞に押し隠そうとする。

あの頃よりもずっと近くにいるのに…。

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