伸晃は、慎太郎がくつろぐリビングに通された。
彼の来意を察してか、リビングには父の他に誰もいなかった。
「久しぶりだな。」
「お忙しいところ申し訳ありません。」
促されて父の前のソファに腰掛ける。
「飲むか?」
慎太郎は自分が飲んでいたバーボンを示しながら言った。
「いえ、お時間は取らせませんから。」
あくまでも礼儀正しく、伸晃は慎太郎のもてなしを断る。
その慇懃な態度の中にある、並々ならぬ息子の決意を父は察した。
察して、だからこそ軽く水を向けてみる。
「改まってどうした。仕事の話か?それなら俺は何も言わんぞ。」
「我々の仕事…確かにそれにも関わることです。でもどちらにせよ、
貴方は何もおっしゃる必要はありません。私は一方的に“宣言”しに来たのですから。」
慎太郎の片眉がわずかに持ち上がる。
伸晃は偉大なる父を真っすぐに見つめ、なおも言葉を継ぐ。
「私は、あの人が欲しい。」
慎太郎の目に剣呑な光が宿る。
「“あの人”…だと?」
「…誰のことかはお分かりでしょう?」
(純一郎…か)
二人の間に沈黙が落ちる。
慎太郎はバーボンを一口舐めると、グラスをテーブルに置いた。
「なぜ、俺にそんなことを?」
なぜ?
何を今さら、という思いで伸晃は口を開く。
「僕が何も知らないとでも思ってるんですか!?あなたたちは……!!」
そこまで言って伸晃は言葉を飲み込んだ。目の前に父の眼光があった。
射抜くような視線に思わず気が怯む。
「今、『欲しい』と言ったな?」
ゆっくりと、低いトーンで語られる言葉。
その迫力に伸晃はごくりと唾を飲み込んだ。ひどく喉が渇いていた。
怒声を浴びることを覚悟し、身が硬くなる。
しかし、慎太郎が発した言葉は意外にも静かなものだった。
「お前にはムリだ。」
静かに諭すような声。
父の意外な反応に、伸晃は言葉を返すことができなかった。
「お前だけじゃない。あいつは誰のものでもない。昔も、今も…。」
独り言のように語りながら、慎太郎はかつての自分と純一郎に一瞬、思いを馳せた。
確かに彼には自分が必要だと思ったこともある。だが今は…。
黙りこんでしまった父の姿を、伸晃は不思議な思いで見つめた。
その視線に気づき、慎太郎は自嘲気味に笑うと再びグラスを手に取り、一口煽った。
「でも、僕はあきらめません。」
なおも自分の決意を語る伸晃に、慎太郎は釘を刺す。
「やってみるがいい。だが何が一番大切かは忘れるな。絶対に。」
行革担当大臣としての職務。その重責はよくわかっている。
そしてその職責を全うすることが、「あの人」にとって一番価値ある自分になれることも。
反対に、失敗が何を招くかということも…。
「…そろそろ帰ります。」
立ち上がる伸晃に、慎太郎は父の顔で声をかける。
「一杯ぐらい飲んでいかないか?久しぶりだというのに。」
「いえ、車で来たので。」
背を向け、ドアに向かう伸晃を引き止めるように慎太郎は言う。
「外に記者がいただろう?すぐに帰ったりしたら怪しまれるんじゃないか?」
しまった。伸晃は自分のうかつさに腹が立った。
我ながら理不尽だと思いながら、ぶっきらぼうに答える。
「それぐらい、なんとでも言えますよ。」
「なんとでも言える…か。さすが『政治家』だ。」
「…あなたもね。」
最後の一言にせいいっぱい嫌味を込めたつもりだったが、上出来ではないのは自分でも分かっていた。
結局、父の本心を計り知れないまま、伸晃は実家を後にした。

リビングに一人残された慎太郎は、グラスに氷が当たる音を聞きながら考えていた。
「ガキだガキだと思っていたあいつがな…でかくなったもんだ。」
そして、もう一人の「あいつ」のことを。
彼のことを考える時は、何が最良の答えなのか解らなくなる。
こんなことは他にはない。
(どうすればいい?もしお前が求めるなら、俺はすぐにでも……)
だが、それは不可能なことだ。
もう昔の自分たちではない。
それぞれが背負っているものが大きすぎる。
彼自身の決意もある。
だが、それでも…。
自分の迷いを断ち切るように、慎太郎はグラスの中身を一気に煽った。
再びグラスを満たすべく、ボトルに手を延ばす。
一瞬、明日のスケジュールのことが頭をかすめたが、ためらわずに栓を抜く。
馬鹿げた考えはアルコールの酔いで流してしまうに限る。そう思った。
だがそのためには、ボトルに残ったバーボンだけでは足りないかもしれない。
自分の意外な女々しさに、慎太郎は乾いた声で笑った。
長い夜になりそうだった。

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